ダイヤルMを廻せ!

概要

アルフレッド・ヒッチコック監督の「ダイヤルMを廻せ!」(1954年)は、完璧な犯罪を企む夫の綿密な殺人計画が、たった一つの誤算で崩れていく過程を、ほぼ一室の密室劇で描くサスペンス。原作・脚本は戯曲家フレデリック・ノット。夫トニー、妻マーゴ、その恋人マーク、そして雇われ犯人スワンと名探偵ハバード警部が、電話と“鍵”をめぐる心理戦を織りなす。


あらすじ(ネタバレあり)

元テニス選手のトニー・ウェンディスは、妻マーゴが推理作家マーク・ハリディと不倫していることに気づき、離婚で資産を失うのを避けるため、妻殺害を“完全犯罪”として計画。学生時代の知人で前科のあるスワンを金で脅し、犯行手順を事細かに指示する。鍵をあらかじめマーゴの鞄から抜き取り玄関脇に隠し、トニーは外出先から決めた時刻に電話をかける。受話器を取った妻を背後から絞殺し、強盗に見せかけて逃走する算段だった。

犯行当夜、トニーはマークを連れ出して妻をひとりにし、約束の時刻に電話をかける。スワンはカーテンの陰から襲いかかるが、マーゴは必死にもがき、手元の裁縫用ハサミを背中に突き立てて逆にスワンを死なせてしまう。計画は一気に崩れ、トニーは急ぎ帰宅して場を“修復”し始める。

トニーは暖炉で凶器のストッキングを焼き、スワンのポケットにあった(ように見せかけた)手紙を利用して、マーゴが恐喝に耐えかねて刺殺したかのような筋書きを演出。さらにスワンのコートから見つけた鍵をマーゴの鞄に戻して「侵入は窓からではない」と気づかれないよう偽装する。だが臨場したハバード警部は、スワンの靴の泥や玄関マットの痕跡から“窓ではなく玄関からの侵入”を見抜き、矛盾の矛先は次第にマーゴへ。裁判は不利に進み、彼女には死刑が宣告されてしまう。

マーゴ処刑前夜、マークはトニーに「第三者を使って妻を殺させた」仮説をぶつけて挑発する。ハバード警部は金の出所の捜査や“鍵”のすり替えなど罠を張り、トニーを観察。やがてトニーが外出先から戻る際、彼は無意識に“隠しておいた鍵”で自宅に入ってしまい、自らの偽装を露呈する。鍵の不一致と一連の状況証拠が決定打となり、トニーは観念。マーゴは救われる。


主要人物

  • トニー・ウェンディス: 元テニス選手。妻の財産目当てに“完全犯罪”を企む夫。
  • マーゴ・ウェンディス: トニーの妻。不倫の過去を弱みとして握られ、濡れ衣を着せられる。
  • マーク・ハリディ: 推理作家でマーゴの恋人。論理で事件の綻びを突く。
  • スワン(レスゲイト): トニーに脅され実行犯に仕立てられるが、逆に刺殺される。
  • ハバード警部: 観察眼鋭い刑事。鍵の矛盾から真相に迫る。

見どころと仕掛け

  • “鍵”のロジック: どの鍵が誰の手にあり、いつ、どこに置かれたか。その入れ替わりが真相への導線になっている。
  • 電話と時間の罠: “決めた時刻に電話を鳴らす”という単純なトリガーが、少しの遅延と偶然で瓦解していく緊張感。
  • 一室劇の粋: ほぼ居間だけで進むのに、会話と所作の緻密さでサスペンスを最大化。元は戯曲だからこその強度がある。
  • 余談(制作背景): 当時の3Dブームを踏まえて撮影され、画面の配置や動線にもその意識がのぞく。

結末の余韻

トニーの知略は“鍵”ひとつで崩れる。人を操作するつもりが、最後に動かされたのは自分の手。ヒッチコックは派手なトリックではなく、日常的な道具と手順の違和感だけで、冷や汗の落ちる瞬間を作り出している。